たった四日間の出来事だったとは、いまだに信じられずにいる。七月二日、ドイツ・バレンシュテットの飛行場。翌三日、ベルリンの小さなクラブ。そして中一日を挟んだ五日、スペイン・カルタヘナの地中海のほとり。時差七時間の彼方から細切れに届く写真と映像を、日本の夜から、未明から、すがるように追いかけ続けた一週間。ロスキレの深夜に蒔かれた種が、この遠征でどんな花を咲かせるのか。その答え合わせの旅は、想像を遥かに超える速度で駆け抜けていった。

木曜の夜、最初に流れてきたのは雲ひとつないドイツの青空だった。三十三回の歴史で初めて日本のバンドを迎えたROCKHARZ。フェス本体も彼女たちが立つ木曜のチケットも完売し、約二万五千人が集う飛行場のRock Stageに、真昼の太陽の下で四人が立った。二つの同格ステージが交互に鳴るこのフェスに裏被りは存在しない。つまりあの約三十五分間、大地に集った全メタラーの耳はHAGANEただ一組に注がれていた。解き放たれたばかりの「We are the Knight」が初めてドイツの空の下で鳴り、言葉の違うメタラーたちがコールを返し、モッシュの渦はどのバンドよりも激しかったという。その夜、同じステージを締めくくったのはアリス・クーパー。伝説と同じステージに、日本から来た四人の名が刻まれていた。


翌晩、舞台は一変する。ベルリン・クロイツベルクの旧郵便局を改装した、収容二百人ほどのPrivatclub。HAGANE史上初の海外ワンマンは、扉が開く前から「SOLD OUT」の文字を掲げていた。前夜の二万五千と、この夜の二百。桁が三つも違う数字の間で、彼女たちは旧衣装を纏い、アンコールなしの十三曲一本勝負を叩きつけた。イントロを長く引き伸ばした「Kagome」、アカペラから立ち上がる「Not Lose」。フェスでは見せられない曲たちの表情を、この街で彼女たちを待っていた二百人だけが全身に浴びた。物販は全てはけ、終演後にはフロアに卓を置いてのサイン会まで。灼熱と形容された小箱の熱の中で、ベルリンの剣士たちは距離ゼロの一夜を持ち帰っていった。