>>470
赤軍は戦闘放棄(指令227)・降伏(270)を禁止していたので、捕虜は自動的に軍法違反者となります。
帰還捕虜はNKVDによる調査・裁判で処遇/処罰が決められます。
戦時中は(特に悪質とされたケース→死刑等を除き)原則として懲罰部隊 送り。ここで所定の期間を経る
or戦功を挙げると処罰完了で元の軍歴階級に復帰となります。
終戦により開放帰還したソ連捕虜は約150万人。放免20・再軍役45・勤労奉仕40・強制収容所15といった
比率になってます。放免は「最後まで勇敢に戦闘するも負傷気絶して虜囚に」など模範的・称賛すべき者、
再軍役と勤労奉仕は、不名誉者だが犯罪的な所業は無し・義務を果たせなかった期間の埋め合わせをせよ、
強制収容は敵前逃亡など明確な犯罪者‥といった感じです。55年には恩赦でほぼ全員解放されてます。
戦後組なら8割強には大きな不利益は無い‥と言いたい所ですが、ソ連の一般社会には捕虜=不名誉・劣等者
というイメージが流布していたため、退役後・開放後に就職などで苦労する事が多かったようです。
なお放免者を含め、義務兵役後の軍務継続、軍事や治安・政治系の職種には就けないのが実情だったそうです。