いまいち釈然としないのは、
「好きや得意に固執することなく、身の程の幸福を掴め」式の語りが、
健常者においては”全能感の去勢”、”成熟”等として称揚される一方で、
「好きや得意を活かして幸福に慣れ」式のアドバイスが、障害者に対しては無責任に再生産され、
当事者に対する重荷や呪の言葉になりかけてる現状なんだな。
私は>>789でそういうことを言ったし、昨日のフィクションにおけるASDステレオタイプの話題も、結局そういう文脈でしょう

こういうのって健常者視点から、障害者を対岸に置いて自分達の諦めたロマンを都合よく投射する背景心理を感じさせ、
インクルーシブの対向を行くもので、感動ポルノに通底してるとさえ思うよ