結局、現実や現場を知らない第3者はいつまで
立っても他人事に過ぎず、抽象的一般論を論じ
るしか出来ない。
一見ロジカルではあるが共感がベイスに無い
ロジック。
それは得てして絵空事、綺麗事、絵に描いた餅
になりかねない。
自分が経験した具体的症例、具体的経験、具体的
ソリューションを例示、提示出来ない。
でもそれで戦後リベラル脳はご満悦。

それが社会の多数だと、てか多数だからこそ
カサンドラ者は孤立し苦しむわけだ。

ASDが受動型だとオンモードの外づらは極めて
良い場合がある。
そうすれば身近な外部者に共感者は皆無だろう。
遠い遠い見ず知らずのネットコミュニティー
でぐらいしか、類似経験を持つ者には出会えない。