脱法ハーブでも覚醒剤でもない。自然にあるものと内にあるものをよく感じて触れて、おそらく悟りと言われる境地に達した。
しかしこれは死ぬ時に備わったものだと僕は思う。死の間際に世の中の全てを理解した気持ちになり全ての繋がりを感じで経験したことのない多幸感の中で光に包まれるのは死の恐怖を完全に消し去った。

それでも僕は生きている。
生き続ける意味も死ぬ必要もないので、色々悩んだ挙句に生ある内は死の瞬間まで遊ぼうと決めた。そう決める前からそうなるほかなかった。
好奇心が人一倍旺盛なのと多趣味乱読派だから世の虚しさの中にも遊び場が沢山あることに気づいた。時間というものは自覚しなければ関係ない。そういう遊びをする。管理されて遊ばれるのは僕は苦手だ。