いろいろ考えても、やっぱり首吊りが一番だな。
発見者に衝撃をなるべく与えない工夫が要るが。
遺書は必須で、家族がうろたえないよう遺書とは別の、その後の手配手引きも必要だな。
吊る前に5日ほど断食して、腹の中のもん出せるだけ出す。
身の回り品は年末の時期に合わせて整理して処分。

問題は死に時だよな。
死ぬことが悲しいとか、辛いとか、というイメージは過去のもの。
死に時を自分で選択することは最高の幸せと思える。
そう思い始めてもう10年以上経過してるが、特に数年前脳溢血で死にかけた時以降特に感じる。
実際に気が遠くなって体が動かなくなり意識がなくなる過程で光を見た。
人生を走馬灯のようにダイジェストで見ることもできた。
とても懐かしい、母の胎内にいる胎児のような心地よさみたいな恍惚感を感じながら。
その体験は、死ぬことに対する恐怖を無くして、もっと言えば死ぬことが楽しみさえ思えた。
それ以来、金、モノ、女、名誉、他者評価、こう言った価値観にほとんど興味を持たなくなった。
無欲のようでそうではない自然体というか、ありのままの自分でいられるようになった。
このままあと数年後に実行に移すのか、それとも又違う生き方をするのかわからないが。
確実に言えることは、一秒づつ日々死に近づいていることは間違いない。
自然に任せてなんらかの事で死ぬのか、それとも自分で息の根を止めるかの違い。
どっちも死ぬことに違いはない。
問題は、いつ死ぬか、ただそれだけ。
自然に任せて死ぬのも悪くはないが、もうろくして自我のない肉に塊に過ぎない生き物が
他人の手を煩わせながら生きながらえるのは、本来の動物としての生き様ではない気がする。
他の動物と同じく、自力で生きることができなくなる前に、息の根を止めたい。
それが最後の望みだな。
さあそろそろ寝るか明日も仕事だ。