>>974
それが本当なら私達は
何一つ治療矯正することなく
自分の能力を発揮すべく精進すべきではないだろうか
つまりそれは
これらの性質は疾患でなく特性であって
矯正すべきものではなく
いかに活かすべきかを勘案すべきである となるはずだ

注意欠陥はおおらかで細かいことを気にしない
多動は行動力
こだわりは集中力
コミュニケーションや社会性の無さは孤高
共感のなさは他人に染まらない、空気に流されない

それならばASDやらADHDなぞという疾患定義も不要という事になる