衝撃は衝撃として受け入れるしかない。そういう諦め、と切り替えこそが現実的な生き方ではないだろうか。
自己愛の親の元に生まれた、その出来事そのものは、不可避な出来事だ。しかし殊更に、その事に被害者意識を持つのは、実は自己愛の親のそぶりを受け継ぐ事にしかならない。
両者に共通するのは、
私にとって不都合な出来事は起こってはならないという、権力意識、万能感である。
だもんで、大事なのは、理不尽で衝撃的な出来事が起きてもそれを柔軟に受け入れて、粘着質な思いを引きずる事なく、次の今へ取り組んでいく事なんじゃないかな、と思うのです。
長くて、連続してと申し訳ありません( ;∀;)