G○●は1999年度までは一応黒字企業だった。だがたいした事業はしておらず将来は不安視されてた。
sa△△ra, A△-LI△Kの成功を見て、「あのぐらい俺にもできる」とTは直感した。

そしてlinux.○.jpを立ち上げた。だがサポートに根を上げ1週間で撤退するというぶざまな様相を呈した。
linux.○.jpはドメインがG○●ではない。G○●の名前は傷ついていないはずだ。2000年度はなんとか
ギリギリ黒字を確保した。linux.○.jpに1週間で早々に見切りをつけたので、被害が少なくてすんだのだ。
Tは自分の経営手腕に酔った。俺は天才かもしれない。

2001年度、運転資金を大量に調達し、再度鯖事業を始めた。2001年度の決算は初めて赤字に
転落した。それは2001年度の前半、事業らしい事業をしておらず、収益がなかったからだ。
この赤字幅はたいしたことはないようにTには思えた。鯖は順調に受注し、当初のもくろみどおりに
利益が上がっていたからだ。銀行もこの時点では尻に火がついておらず、融資の継続を確約した。

2002年度。寝ているだけで金が入るはずだった鯖事業が躓きはじめた。大量の鯖があると、
ハードウェアトラブルは皆無ではない。次第に一人の技術者でやれる範囲を逸脱してきた。やむなくTが
手伝うこともあったが「ん〜、間違ったかな?」客は怒り、契約を打ち切る大口契約者が出てきた。もともと
めいっぱい受注して借金を返し、自分たちの取り分を分配すると何も残らないという仕様だったので、
急速に収支が悪化し始めた。2002年度の決算は悪夢のような大赤字。だが世の中は未曾有の不況。
そうだ、これは小泉が悪いんだ。天才の俺は悪くない、小泉が退陣すればG○●は立ち直れるはずだ。

2003年度が始まった。社員は2人に減っていた。2人の関係は険悪なものとなり、ついに6月に破局を迎えた。
不良債権の圧縮を迫られる銀行は新規融資を断り、資金繰りは完全にショートした。上位プロバイダへの
滞納により回線切断の最後通牒を受けるまでになった。8月。顧客に愚痴だらけのメールを送りながら
Tは叫んだ。「天才のこの俺がなぜ〜! うわらば」