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昔、このバス停は隣町へ通じる唯一の交通手段だった。
若かりしおばあさんは、恋人とここで何度も会っていたという。
「“一緒にこのバスに乗って行こう”って、そう約束したの。でも……」
彼は約束の日に現れなかった。
召集令状が届き、戦地へと向かったのだ。
それ以来、おばあんは何十年もこの場所に通い続けている。
「バスが来るなら、きっと、あの人も帰ってくる気がしてね」
少女の胸が締めつけられるような思いで満たされた。
もうバスが来ることなどない。それでも、この人は……。
そのときだった。
遠くからかすかなエンジン音が響いてきた。
霧の中を、古びた一台のバスがゆっくりと現れた。
前方が突き出た、昔懐かしいボンネットバス。
ギシギシと軋む音を立てながら、バスは静かに停まり、ドアが開いた。
おばあさんは、微笑みながら立ち上がった。
「やっと来たわ」
少女が見守る中、ゆっくりとステップに足をかけるおばあさん。
その瞬間、少女の目に映ったのは──バスの奥に座る、軍服姿の若い男性だった。
彼はおばあさんと目を合わせ、静かに微笑んでいた。
おばあさんがバスの中へと進むと、その姿は――
時代遅れの白いワンピースに身を包んだ、若く美しい女性へと変わっていた。
少女が目をこすった瞬間、バスは静かに走り出した。
後部の窓から見えるのは、寄り添う二人の姿。
バスは音もなく、霧の中へと消えていった。
少女のまわりから、いつの間にか霧が晴れていた。
夜空には満月が静かに輝いていた。
頬を伝う、一筋の涙。
少女は、ただそこに立ち尽くしていた。──了