>>517
ほれ

踊り場

三階に運び込む予定だったソファは、二階と三階の間の踊り場で止まった。前にも後ろにも動かない。私と業者の若い男とで二十分押したが、木が軋む音がしただけだった。
業者は次の現場があるので、と言って帰った。契約上、搬入は玄関までとなっており、踊り場は玄関ではないという説明を受けた。理屈は通っていた。
ひとりになって、私はソファを見た。三人掛けである。カタログには「ゆとりのある三人掛け」と書かれていた。ゆとりは階段のほうにはなかった。

「ちょっといいですか」

上の階の戸倉さんだった。会ったのはその日の朝が初めてで、そのときも同じ言い方をした。戸倉さんはソファの前に膝をつき、手すりとの隙間を指で測った。
「角度です」と戸倉さんは言った。「今、四十二度くらいで入ってます。これを三度戻して垂直に近づけてから、水平に抜く」
戸倉さんは仕事で図面を引いているらしかった。私は素直に感心し、二人でソファの端を持って、三度戻した。ソファは三度戻り、そこで完全に噛んだ。

「計算が合わない」と戸倉さんは言った。責める口調ではなく、事実を確認する口調だった。「入った角度で抜けないというのは、理屈に合わないんです」
「入ってはいないと思います」と私は言った。「途中で止まっているので」
戸倉さんは黙って、もう一度隙間を測った。

「ちょっといいですか」
下の階の宮本さんが上がってきた。七十代で、若い頃に消防団にいたという。宮本さんはソファを一周見て、ロープを取りに戻り、二分で戻ってきた。
「消防はこう教える。人力で押すのは素人だ。上から引く」
宮本さんはソファの脚にロープを回し、三階の手すりに掛けて、輪を作った。手つきは正確で、迷いがなかった。二人で引いた。ソファは五センチ持ち上がり、横に一センチずれ、そこで止まった。宮本さんはロープの端を手すりに結んだ。

「これで動かなくなった」
「動かなくならないほうが、よかったんですが」
「落ちるよりはいい」と宮本さんは言った。これには反論できなかった。

向かいの部屋の男が階段を上がってきたとき、私は先に言った。

「ちょっといいですか」
「はい」と男は言った。素直な人だった。ジムに通っていることは、その体格から分かった。
事情を説明すると、男は上着を脱いだ。戸倉さんが「押す方向だけ指示させてください」と言い、宮本さんが「腰を落として」と言った。男は両方に頷き、両方に従い、全力で押した。

手すりが曲がった。
十センチほど内側に曲がり、そこで金具が保った。ソファは曲がった手すりの内側に、きれいに収まった。三人が黙って見た。

「出口の幅が」と戸倉さんが言った。「ソファの最小断面を下回りました」
「どういう意味ですか」
「取り出す方法がありません。分解する以外に」
「分解できるんですか」
「木ネジではないので、無理です」と戸倉さんは言った。それから、少し考えて付け加えた。「入れた人間がいるのに出せないというのは、やはり理屈に合わない」
男が上着を着ながら、そういうこともありますよ、と言った。慰めではなく、経験からの発言に聞こえた。

三日後、私が帰宅すると、宮本さんがソファに座って新聞を読んでいた。夕方の光が階段の窓から入っていて、悪くない場所に見えた。

「すみません」と私は言った。「それ、私のソファなんですが」

宮本さんは新聞から目を上げ、自分の座っている場所を確認するように、一度下を見た。

「いや」と宮本さんは言った。「ここは踊り場でしょう」
その通りだった。反論は思いつかなかった。私は三階まで上がり、何もない部屋の床に座った。ゆとりはあった。