三島が余りに知的過ぎて、その才能、特に語彙力、文章力に付いていけない現代日本人
だとすれば、三島に隠された、優れた感受性になど気付く筈もなく、まして思考が停止してしまったロボット人間には、
三島の文学自体にも関心が湧くものでもなく、であればこそ三島はその類稀ない才能を、真に世に知らしめる事が出来なかった
然るに、彼の才能が、逆に民衆に感動というものを与えられなかったとも思われ、
その事については、図らずも三島の悲哀を感じる所でもあるかな